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2008年3月 5日 (水)

アニメーションとはかけ離れているかもしれない「軽さ」と「速さ」

講師の声
田名網敬一 インタビュー (2008年3月4日 )


田名網敬一●1936年東京生まれ。グラフィック・デザイナー、映像作家。京都造形芸術大学教授。イメージフォーラム映像研究所特別講師。アニメーションや版画、イラストレーション、エディトリアル・デザインなど多方面で活動するなか、70年代より実験映像を制作。国内外での上映暦多数。

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○動くグラフィックとしてのアニメーション、動きの中の一コマとしてのグラフィック

———田名網さんはグラフィック・デザイナーであり、映像作家でもありますが、どちらがはじめに影響したのでしょうか?

田名網:僕自身はアニメーションもグラフィックも一緒に考えているので、どちらが先でというのはないんですが、アニメーションに興味を持った直接的なきっかけは、ディズニーの『白雪姫』(1937)を見たことと、同じ頃、映画館通いをしているときに本編と併映していたフライシャー兄弟のモノクロの短編アニメーションの体験です。見ているうちに自分でも絵を動かしたいと思うようになり、ブリキの幻灯機で、紙フィルムによる自作のアニメーションを作ったのが最初です。
アニメーションは動くグラフィックと言えるけれど、グラフィックを制作するときは、絵を動きの中でイメージしていて、その動きのストップモーションの一コマが定着したという感じです。なにをやるにも前提として「動き」があるんです。アニメーションに対する興味から、自然にそういうことが身についたんでしょうね。


○アニメーションを、教えるとは?

———特に今の若い世代は真面目というか、あまりはみ出たことはしない傾向にあると思いますが。

田名網:イメージフォーラムもそうかもしれないけれど、京都(京都造形芸術大学)の学生を見ていても、手先は器用だけど「アニメーション」という枠組みや限界を自分で規定しているみたいね。「動く絵」であれば何をやってもいいわけなんだけどね。
相原くん(相原信洋:アニメーション作家、京都造形芸術大学教授)とずっとやっている『アニメーション・バトル』では、100%の完成形を提示するのではなくて、即興でドローイングを描く様な気持ちでやっています。お互いにやりとりするプロセスで思いついたことをサッと出すということがやってみたかったのね。アニメーション作品とはかけ離れているかもしれない「軽さ」と「速さ」を出してみたいという気分で作っていますね。

———「軽く作る」のではなくて「軽さ」を出すと。

そうそう。アニメーションってやはり特殊な世界で、学生もどうしてもマニアックになりがち。密室でコツコツ修練していくばかりじゃなくて、もっと大胆に思ったことをパッと表現するみたいな感覚が僕は面白いと思うんだよね。

———学生があらかじめイメージする「枠組」をどうにかしてやろうと思われていますか?

人それぞれ資質が違うので難しいです。アニメーション以外のことにも興味を持たないと、でき上がった作品が小さくまとまってしまうよね。学生は、総じて真面目な人が多いので「これをやりなさい」と言ったら素直にそれをやる。逆に言うと他の事はしない。
暗闇で視覚に頼らずに絵を描く「ブラインド・ドローイング」というのがあって、大学の授業でもやるんですが、この前青山ブックセンターで一般のお客さんを対象に同じことをしました。そうしたら、圧倒的に一般の人のほうが面白かった。大学生は、無意識に、たとえ闇の中でも上手く描いてやろうという意識が働いちゃうんだね。既成の「枠組」とは違うものを与えても、キチンとやろうとする。素直に反応するとか、感覚的に接することが難しいのだろうね。

———実験映画やアート・アニメーション等、呼ばれ方はいろいろですが、これらはもともと枠組から外れたものだったり、枠をこわそうというものですよね。田名網さんがアニメーションを作り始められたころはどうでしたか?

今の時代は作りやすくなったし、上映会をしてもある程度のお客さんは来てくれる。そして、それを前提として作品がつくられます。僕や相原くんが作り始めた頃は、お客が一人も来なかったこともあったし、フィルムだから製作費もものすごく高い。久里洋二さんたちの上映会(草月アニメーション・フェスティバル)に出品したときは貯金を全てはたいて制作費にあてましたよ。(『仮面のマリオネットたち』1965 )それでも作るこちらの心境は、今とは明らかに違いますね。強い気持ちがないと作れなかった。今は、そういう強いモチベーションは得難いものなのかもしれないね。


○これからアニメーションを学ぼうとする人に向けて。

自分がどういう方向を目指すのかによって変わってくるから一概にはいえないけれど、数多く作品を作らないことには勉強にならないよね。自分の中の引き出しが多ければ多いほど、その人の作るアニメーションは面白くなるのでね。1年に1本ではなくどんどん作品を作ってほしい。
でも僕自身は「年中アニメーションの事ばっかり考えてます」ということはあんまり好きじゃないので、面白いアイデアが浮かんだらパッとアニメーションにしたいね。今度「イメージフォーラム・フェスティバル2008」(4月27日より)で上映する『CHIRICO』も、キリコの絵画をモティーフにしています。ダリもそうかもしれないけれど、キリコの絵はやはり動きのなかで捉えられた絵に見える。見ているうちに、その絵画の一瞬先というか次の画面展開が見えるような気がして、是非アニメーションにしてみたいと思った。

———ありがとうございました。

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